チョコレートひとつぶ
ころころと口の中で転がして、彼は笑った。
普段こそ彼は味覚神経をぶった切るようなパックジュースを愛飲しているが、別に彼がそれらが好きで飲み続けている訳ではない。
家庭の問題――姉の存在である。
鍋の中でどんな化学反応を経たのかは知らないが、彼女の作る料理は第一級毒物指定である。少し前も友人らが犠牲になった。止める間もない。止めてしまえば自分がその餌食になることは火を見るよりも明らかで、かつ染み付いた恐怖から自分はどうしようもなく姉に逆らえないのだ。
話がひどくそれた。閑話休題。
彼は比較的――少なくとも姉と比べて――まともな味覚の持ち主である。うそつけ、と友人たちは言うだろうが、いつも飲んでいる際どいゲテモノパックジュースをまずいと思えるし、最近某有名ファーストフード店にて期間限定で売り出されていた四種類のバーガーの甲乙も友人と一致したし、何より、
(うまうまー)
こうやってもらったチョコレートで幸せになれるのだ。十分常識的味覚の持ち主と言えるだろう。姉の劇的ビフォーアフターを経た料理たちへの対抗策としてゲテモノで口内を麻痺させているだけなのだから、まぁ当然と言えば当然なのだが。
(っあ)
なくなった、と、彼は手元を見やった。周りに「チョコ狂」と言わしめている友人からもらった一口チョコレートが尽きている。そろそろ日も暮れる頃だ、帰らなければならない。
(さよなら俺の短かったヘブン!)
家に帰れば姉の料理が待っている。母が作ればいいものを、彼の母は滅多に料理をしない。
今日の晩ごはんはなんだろう、と思いながら自販機に小銭を入れた。ボタンを押す。ごとん、と乱暴に落とされたパックジュースは角がへこんでしまっていたが構わない。ストローを差しこんで、一気に飲み下す。
「まっず」
戦闘準備は万端整った。さぁかかってこい。
>奴も好き好んでゲテモノに走ったわけじゃないんだよ! 家庭の事情でやむを得ずなんだよ! タイトルは某カードゲームアニメの某オープニング的な。